初陣


「こんなところで休んでいていいんですか」
 とげのある響きだ、とウチビはいくぶんうんざりしながらその娘を見やった。白い肌と青い目、なにより夕日に照りかえる秋の稲穂を溶かしこんだような髪はウチビにとって美しかったが、内面には辟易していた。
「みんな疲れている。ここには敵意は感じられない」
 ウチビはこの国の人間ではなかった。もっと南方の小部族に生れ、この国の主要産業の一つである略奪の結果、奴隷として売られた。そのことは別に恨んではいない。彼は頑健だったし、この国の文明度は高かった。奴隷として売られても平均10年ほどの労役で自分の身を買い戻すことができることを知っている。ほとんどの主はその時に土産も持たせる。奴隷として入れ墨を押されることは不名誉だったが、かといって彼のいた部族でも族長たちはあたかも王族のように彼を使役しただろう。
 奴隷でさえ耐えられる彼にとって、シキョウという男が説明した自分たちの待遇は決して悪くなかった。
 だが、目の前のエンショという娘はその境遇に我慢がならなかったらしい。つい最近まで平民だったのか、自分たちを見下す言動が端々に見られた。まるで気高くあればまた自由の身に帰れるとでも思っているかのように。
「君は薬師なのだろう? であれば皆の体調をよりよくわかるはずだ。どうしてその目で周りを見ない」
 エンショは少し自分を見つめ、不意に身を翻すと少しは鳴れて草むらに座りこんだ。ウチビは苦笑して、それでも周囲に視線を走らせてから腰を下ろした。
「ありがとう。正直、疲れちゃってて」
 娘が来て小声で謝ってきた。ともに部隊を組んでいて、オキツカゼという。奴隷の彼らは身を買われると同時に名前をつけられた。ウチビもこれが自分の名ではない。オキツカゼ、という奇妙は響きは仲間たちに受け入れられず、ただオキと呼ばれていた。
「いや、いいよ。ここでは休みたかったんだ。ここの眺めは俺がいた場所に似てる」
「ウチビさん、南の方の人だよね」
「ああ」
「こんな感じなの?」
「春は」
 ふうん、とオキは両手を背後について上を見上げた。釣られてウチビも見上げると、高さ40メートルほどに無数にからみついた木の根や枝が見える。それらは十分すぎるほどの岩石を抱え込んでいた。自分の頭の上に地面があり、足の下にも地面があるこの異常な場所にはなかなか慣れそうにない。
「そろそろ行こうか」
 小ぶりの斧を担ぎ、一人だけ立ったまま周囲に視線を送っていた男が低い声を響かせた。ウチビもオキも立ち上がり、「あららら」とオキが声を上げた。
 視線の先ではエンショが横になり寝息を立てていた。残りの四人で取り囲み苦笑交じりの視線を見交わす。
「黙ってるとかわいらしいのにね」
 エンショよりはもう少し年上の女が、それでも優しく眠り姫の肩を揺さぶった。