管理者シキョウと剣術師範コウセンの会話


「私たちの前回の失敗の」
 静かに話しはじめた女剣客の、頬に残る刀傷をシキョウはじっと見つめた。彼はその由来を知っている。彼女が手塩にかけて育てた奴隷女に刻み込まれたものだ。それがシキョウの中で封じていた痛みを呼び起こした。
「原因はね、シキョウさん。いや、フソの親分が言ってたんだけど」
 シキョウは言葉を待つ。破綻に終わった前回の企てを経験している教官たちは呼びかけに集まってくれないかと思っていた。奴隷とはいえ非人道的に他人を扱いその命を消費することの不愉快さ、その挙句に叛かれるなど忘れたい記憶だから。
 それにも関わらず呼び声に応えた女剣客は失敗の原因を見つめていた。
「奴隷たちは人間なんだよ。私たちと同じ。だから奴隷を奴隷と思い続けるのは大変なんだ。私たちはそれができなかった。同じ人間だと知っているし、気持ちではかわいい教え子だと思っているのに、奴隷に対する突き放した態度なんかできるものじゃなかった――そのあたりがあの子達を混乱させて」
「ええ。混乱した彼らの標的となれるくらいには先生は邪悪でした」
「わかってるみたいだね」
「私も考えましたから」
 シキョウが焦がれていつか身請けしようと思っていた薬師に対して、何一つ優しい言葉をかけられなかった。教官たちはそれが許される立場ではなかったのだ。そうしているうちに薬師の娘は他の奴隷を愛し、ある日探索から帰ってこなかった。
 その時シキョウは、彼の師が始めた探索の仕組みに疑念を抱いた。関係する人間全ての心身に負担がかかる仕組みが永続するはずがないのだ。弟子は弟子なりに師のやり方を研究し、そして結論にたどり着いた。
 統制と質の高い訓練、知識の共有が大事な探索事業には奴隷制が最適である。
 しかし、奴隷も人間である以上その意思を尊重しなければ瓦解する。
「奴隷を使っての探索は合理的です。だから今回は私がそれをやります。でもあくまで同じ人間として扱いたいと思います」
「それなら手伝わせてもらいたいね。もう私も五十を超えたから、誰かに剣を遺したいんだ」
 よろしくお願いします、と頭を下げ、固く手を握ると女剣客は背を向けた。シキョウはまた椅子に腰掛け、手元の用紙に視線を落とした。今回は教官集めは大公がしてくれた。すでに各技能教官の候補は選抜されておりシキョウは選ぶだけでいい。
「そうそう。名前のつけ方はジョフクさんと同じにするのかい?」
「そのつもりです」
「アサギだけはやめておいてくれるかな」
「あの時死なせた人たちの名前はつけません」
「ありがとうよ」