死亡者は


 その影は一歩ずつ小刻みに揺れていた。しばらくその背中を眺めてから、エンショはため息をつき隣りに並んだ。
「手伝います」
 両手に薪を抱え、歩くのに精一杯だったのだろう。自分を見下ろす長身の男の頬、褐色の肌ではよくわからないが狼狽の血の気が差したようだった。エンショは気にせず薪を半分持とうとする。
「いや。これが今の俺の仕事だから」
 ウチビの微笑みはエンショの胸を鈍く貫いた。思わず視線をそらす。
 突然現れた巨大な(全長を伸ばすと自分の腰まで届いたはずだ)芋虫の外皮は弾力に満ちそれでいて硬く、前衛の戦士たちは手をこまねいていた。そうこうするうちにクチナハが殴り倒される。エンショは夢中になって彼女の元に走りよった。傷ついて倒れた者を治療するのが自分の役割だからだ。
 それが芋虫の罠だったのかわからない。しかし巨大な幼虫は狙い済ましたように、伸び縮みする力を利用してエンショに飛びかかった。自分の腰までの大きさ、重量なら自分と同じくらいあるだろう。そんな生きものにのしかかられたら悪くすると死んでしまう。その悲惨な運命から救ってくれたのは目の前の男だった。乱暴に突き飛ばすことで。エンショの代わりに半身を怪物に押しつぶされながら。
 クチナハは右目を失い、ウチビは右足の腱が切れた。もう探索はできない。もとが奴隷であり、探索をするために買われてきた彼らの存在価値がなくなったことになる。殺されるとまではいかないが、もう援助はのぞめなかった。不具の奴隷として最低の待遇で生きていかなければならない。
 クチナハは昨日売られていった。彼女は美貌だったからだ。この男は奴隷たちが住まうこの屋敷できつい使い走りをさせられることになった。
 ごめんなさい。そう言おうとしてエンショは思いとどまった。確かに自分のせいかもしれないが、自分だってクチナハを助けようとしてのことだ。お互い様じゃないか。何より自分は奴隷になりたくてなったわけではない。単なる不運の結果で、被害者なのである。その意識が素直な謝罪をつぐませていた。
「やっぱり綺麗だな、その髪の毛」
 息を呑んで見上げた。男の表情は逆光でよく見えない。
「俺の国じゃそんな髪の女はいない。ここを解放されたらみんなにあんたのことを話してやるんだ」
 エンショは立ち尽くし、ウチビは相変わらずぎこちない足取りで歩き去っていった。背中が角を曲がって見えなくなると、彼女は両手で口元を覆った。